2011年5月25日水曜日

【300文字小説】

新入社員

 
「今度配属された新入社員はどうだい?」
「正確に仕事をこなすやつですよ。まるで機械のように」
「無駄なおしゃべりは一切しないし、勤務態度もいたって真面目です」
「ただし、あんまり人付き合いはよくないですね。酒やタバコも全くやらないそうです」

「いまどき、珍しくないだろ。そういうのは」
「でも少し変わっているよ。あいつ」
「確かに。メシに誘っても、ぜんぜんのってこないしな」
「他人と一緒に食事をするのが嫌いなんだろ」
「あいつの近くで、モーターが回るような音を聞いたっていう噂もありますよ」

「そんな。まさかロボットってわけないよな。ははは。あれ? 今日はまだ見てないぞ」
「充電のために休みますって連絡が入っています」
 
 

2011年5月23日月曜日

鑑賞力

たとえば、いくつかの映画や小説には、
チェスのシーンがある。
(ブレードランナー、ハリーポッター、……)

そういうとき、
チェスをやったことがあるかないかで、
その作品に対して感じる面白さが全く違う。

スポーツや音楽などの鑑賞においても、
鑑賞する側にその経験があるかどうかで、
楽しめる度合いがぜんぜん違う。

同じものを見たり聞いたりしても、
何をどれだけ受け取ることができるかは
受け手の知識や経験、理解力が大きく影響する。

ときどき、小説を書くようになってから、
小説を読むことが、以前より面白くなった。

2011年5月16日月曜日

【300文字小説】

宿題

 
「先週出された宿題、もうできた?」
「いやまだできてない」
「さすがに未提出だと俺たち留年になるぞ」
「そうかもな」
「ずいぶん余裕じゃないか」
「ああ」
「明日が提出の締め切り日なんだぜ」
「そうだな」
「少しはあせらないのか?」
「あせったってできるもんじゃないよ」
「もしかしてお前、もうできているのか」
「実は、もうちょっとで一本目ができるところなんだ」
「マジかよ! だからそんなにのんびりしてるんだな」
「まあね」
「で、どんなのだよ」
「どんなのって、まだ途中だからな」
「もったいぶらずに見せろよ」
「いやだめだ」
「けちくせえな。別に見たからって、マネしないからよ」
「しょうがねえなあ。ほら、これでちょうど300字だよ」
 
 

【300文字小説】

更新手続

 
「はい、お手元の書類の太枠の欄にご記入ください。わからないところは空欄のままで結構です。書き終わったら、こちらに2列で並んでください」

「よろしくお願いします」
「ほうほう、だいぶ苦労なさいましたね」
「もう、ほとほと疲れました」
「ご家族には知らせずに?」
「一応、置き手紙をしてきましたが……」
「いまなら戻れますが、どうなさいますか?」
「もういいです」
「何か希望は?」
「できることなら、もう一度最初からやり直したいです」
「では、ここにサインしてください。その一番下んとこ。はい終わりました。お疲れさま。次のかたどうぞーっ!」

何だかわからないが、やけにまぶしい。

「おめでとうございますっ! 元気な男の子ですよ」
 
 

2011年5月4日水曜日

「短編小説礼賛」を礼賛する

 
「オススメの映画は何?」とか、「何か面白い本ない?」と、私はよく人に聞く。

 聞かれた相手は、よくぞ聞いてくれましたという意気込みで、さらに続けて内容やら感想やらを嬉々として語ろうとするのだが、「ちょい待ち! ネタバレ禁止!」と制する。

 必ずしも他人が「面白い」と思ったものが、自分にとって「面白い」とは限らないが、未体験の「面白さ」に出会うことも少なくない。

 「短篇小説講義という本によると、「短編小説礼讃という本をきっかけに、一九八〇年代後半に「短編小説」という文芸ジャンルが注目されたらしい。

 「短編小説」を読もうという人、あるいは、書こうという人にとって、この二冊は「面白い」ことを断言する。
 
 

2011年5月1日日曜日

【300文字小説】

天才発明家

 
「困ったな。パスワード忘れちゃった」
「音声認識で開く金庫なんか発明するからよ。あんた最近、物忘れがひどいのに」
「いや、鍵をしまった場所をよく忘れてしまうから、鍵のいらない金庫を発明したんだ」
「何か思い出すためのヒントはないの?」
「そのヒントも忘れてしまった」
「子供のころ飼っていた犬の名前は?」
「犬は飼ったことない」
「好きな果物の名前は?」
「果物は嫌いだ」
「何かにパスワードを書きとめてなかったの?」
「そのノートをしまった場所を忘れた」
「最悪! 次は物忘れ防止の機械でも発明すれば?」
「うるさいっ!」
カチッ、と音がして金庫が開いた。
「あったよ。そのノートが。どなたか存じませんがありがとうございました」