2020年12月22日火曜日

よく道を聞かれるのだがきょうも道を聞かれた

 「あー、あのー、ちょっとすいませーん」

3mくらい後方あたりでだれかが叫んだ。振り返ると知らないオバサンが俺に対して話しかけていた。

「あ、あー、あー、あのー」っていいながら近づいてくる。相手はたぶん俺のことを知り合いか何かと勘違いしているが名前を思い出せない感じなので「何々さんですよね?」みたいにいわれたら「いいえ違います」と返す心の準備をしていた。

すると「ハローワークはどこですか」という。なんだ道を尋ねていたのか俺に。

よく道を尋ねられる。きっと周囲にヒマそうな感じが伝わっているのだろう。たしかにヒマ。ヒマ過ぎ。

「交番はどこですか」と通行人に聞かれるのはざらで「ハローワークはどこですか」という質問を受けるのはここ最近で2度目。この近くにハローワークがあるのだろうか。

たしかにその人物、現在失業中ですというような身なりをしておりここは過去に自分もハローワークでお世話になるどころか酷い目にあった記憶も蘇り邪険にもできないと立ち止まり対応した。

「私、この近くに住んでいるものではなくただの通りすがりですのでハローワークがどこにあるかは知らないんですよすいませんでは」と答えると、このオバサン「あ、そうですか。じゃあ他の人に聞きます」といって引き下がるどころか「デイインカードって知ってますか」と話題変更。

ああ何かのキャッチセールスだな。カードかなんかの勧誘だなこれは。面倒だから相手にするのはよそう。

とは思ったが近所の八百屋に買物に来た感じのルックスのオバサンがそんな質問してくるかなと思いながらつい「何カード?」「トレンディーカード」「トレンディー?いま流行りの?」みたいなやりとりを数回繰り返したあとそれはトレーディングカードであることが判明した。

いやいやいやいや待て待て待て。あのなんかアキバに歩いていそうな感じの若い男性ならともかく50くらいのスーパーのレジのパートのオバサンみたいな人からトレーディングカードという単語が出てくるとは想像できないまま「トレーディングカードがどうかしましたか」「トレーディングカードを売ろうと思ってたんですけどこのあたりにトレーディングカードの買取の店ないですか」というやりとりが続いてしまう。

そもそも横浜駅西口の平日午前10時前。そこは繁華街の真っ只中だが夜ならともかくまだどの店も開店してなくて通行人もまばら。

「トレーディングカードを売ろうしたんですけど身分証明書の提示が必要っていわれてダメだったんです」「ああそうでしょうね」「そうなんです。身分証明書持ってないととダメなんです」

代わりに俺に買い取ってくれまいかという押し売りかなんかだと思いきや次の質問が「このあたりでヤミでトレーディングカードを買い取ってくれる店知りませんか」ってなんだよそれ。

おいおいおいおい俺がトレーディングカードをヤミでさばいているような人間に見えるのか。俺はそんな人間に見えるのか。

俺はいちおうマイボウラーとしてこのところ連日のハードな練習を重ねてきており、いまも15ゲームほど投げたうえに15ポンド(約7kg)の重いボールを4個も運んでいるために歩行速度が他の通行人よりも極端に遅い。

ボウリングを知らない人が見たら少しヤバい感じに見えなくもないがトレーディングカードのヤミ取引に精通しているとこのオバサンには見えたようだ。

と改めて相手の顔をよくよく見るとその視線が定まっていない。どこか遠くを見つめているような本物感が漂っていた。

ぞぞ。ここはこれ以上の関わりを持つのは凶。と判断して早々に話を切り上げるべく「だったらやっぱメルカリとかで売ったらよいのではないでしょうか」「ああ、メルカリ。ああ」と会話が一瞬途切れたすきに俺は自分の車を置いてあるコインパーキングの方向へ歩き始めてそれ以上オバサンは付きまとってこなかったので難を逃れた。

なんなんですかあの人は。

そもそもなんでそんな時間にそんなところを俺は通行していたのかというとラウンドワン横浜西口店のロッカーに預けてあるボールをオイル抜き済みのボールと入れ替えるついでに2時間ほど投げたあとそこを出た直後のことだった。

何ゲームも投げてレーンに塗ってあるオイルを吸い込み過ぎてテカテカでベトベトなボールを投げると滑ってしまって3度から6度といわれるポケットへの理想的な入射角を実現できない。ピンアクションも悪くなる。10ピンが残る。そこで定期的なメンテナンスとしてボールのオイル抜きが必要となる。

先週今週と連続でプロボウラーからプライベートレッスンを受けてフォーム変更をした。フォームとは投球フォームのことである。新しい投球フォームに変更するとそれが身に付くまで練習はかかせない。いままでとは違う動きをするためにタイミング調整に時間を要する。

やはり自己流の投げかたでは限界がくる。独自の投げ方でも練習を重ねればある程度はスコアは上がる。実はそれが落とし穴なのである。

アベレージが上がれば上がるほどそのオリジナルの投法は身体に沁み込んでしまう。服にたとえれば脱げなくなってしまう。

俺のような両手投げいわゆるツーハンズなる投げかたは昨今10代20代の男性にとってはサムレス投法とともに当たり前のものになっている。が、それを教えることのできるプロボウラーが少なく、動画で見よう見まねつまり独学で覚えるのみ。

誰にも教わらないで投げ続けてもそこそこ中級レベルまでは到達するがそこでアベレージが頭打ちとなる。自己流のクセがついたままだからだ。

やはりプロに教わってなるべく上を目指したいと考える俺。なのでこのたび高津店から横浜西口店に配置転換になった両手投げのプロボウラーの指導を受けることにしたわけだ。

どうがんばっても自分を含め素人が正解にたどりつくのはむずかしい。正解にたどりつけるとしても相応の時間がかかる。プロに見てもらえば試験中にその場で答えを教えてもらうのに等しい。

ずるいのではないか。そうではない。時間の節約なのだ。プロボウラーは試合に出場して賞金を稼ぐ以外に、ユーチューバーになってボウリングの解説動画をアップしたり、解説本を出したり、人にボウリングを教えたりして食べているのであるからむしろそれでいいのだ。

ということでレッスンを受けた内容はいわば買ったばかりの服のようなものでまだ自分になじんでいない。これを自然な動きにするためには反復練習を行い、脳に新しい回路を作らなくてはならない。

身体の動きの変化を自分で意識しつつその動きをすることは不可能であってそれを無意識にできるようになるまでには訓練が必要である。

自分の身体の動きを意識しながら動作をしているときには脳の処理に0.3秒くらいの遅延が生じ、それが身体の動作に影響してタイミングがずれる。投球時のすばやい動きにその遅延は致命的。

これが覚えたての動作がうまくいかない原因なのである。

こういう身体の仕組みがわからないため、投球フォームを変えることによる一時的なアベレージダウンを嫌って現状の投球フォームを維持継続する人がほとんどである。

人の数だけ投球フォームがあっていい。みんながみんなそのままですばらしい。とかいってあげたいのだけれどそうは問屋が卸さない。

後ろで見ていると「よくこんな投げかたをするものだ」という人がいる。

すべての人は美しいフォームで投げなさい。といいたいわけではない。先述したように投球フォームは服にたとえられる。

だれがどんな服を着ようとだれかに迷惑をかけるわけでなく、その人が着たい服を着ればいい。

だから他人がどんなに汚い服をきていようと奇抜でありえない服を着ていようと俺には関係ない。責任があるのは自分が着る服だけ。というふうに思う。

自分が理想とする投球フォームを実現すべくボウリングの練習を重ねる2020年の暮れのことであった。

ってこれはボウリングにまつわる話だったんですね。書き終わってから気が付きました。